オリーゼ誕生物語 第二章
第二章 『オリーゼ』が生まれるまで 其の三
『オリーゼ』という名前は、麹酵母の「アスペルギルス・オリゼーNK菌」にちなむものです。
麹酵母の「アスペルギルス・オリゼーNK菌」は、酵素パワーででんぷんを分解、ブドウ糖に変えることで腸からの栄養分の吸収を速やかにし、腸内で善玉菌を増やして発酵、腸内をキレイにします。
また、みそ、しょうゆ、納豆の中に含まれる納豆菌の仲間「バチルス菌」のすばらしさも見逃してはいませんでした。これらの乳酸菌も病気になりにくい体質にしてくれます。
このほか、片山先生に学んだ消化酵素のアミラーゼやプロテアーゼなど百数種類の麹・酵母・乳酸菌にドクダミなどを加え、安定培養させた健康酵素の精製に成功したのです。ただし、このころは現在のように顆粒状ではなく、粉末でした。
いくらなんでも、いきなり人に飲んでもらうわけにはいきません。最初は、農薬のポリドールを浴びてぐったりしている牛やヤギを元気にする栄養素として使ったようです。元気のない牛やヤギに飲ませると排泄力が高まり、食欲が戻って元気になる。元気になるだけでなくヤギの搾乳率が高まる。当時の搾乳大会で優勝するヤギも出るほどだったそうです。
これに自信を得た父は、改良に改良を加え、ついに誰もが安心して飲める「栄養素オリーゼ」を完成。自分一人で製造し、一人で販売を始めることになりました。父が作った当時のうたい文句は「長生きのもと」でした。
当社は、おかげさまで今年(平成18年)、創業62周年を迎えました。その起点は、大阪時代に創業者である父が『オリーゼ』の発売を始めた昭和19年5月16日です。実際は、もう少し早かったようですが、それはさておき、新発売された『オリーゼ』は、しだいに口コミだけで売れ始めたのです。
そのころの日本は太平洋戦争の真っ最中。本土決戦に備え、食べ物にも事欠く生活ですから、健康食品の『オリーゼ』など、売れるわけがないと思いますよね。ところが食糧不足の時代だからこそ、栄養不足で子どもが死んだり、体力の衰えから病気への抵抗力を失って結核など、さまざまな病気に倒れる人が多かった。だからこそ、麹・酵母・乳酸菌が持つ酵素や作りだす酵素群の力が必要だったんでしょうね。
しかし、昭和20年3月10日、米軍爆撃機B29による東京大空襲につづいて、12日は名古屋、大阪も13日深夜から翌日未明にかけて大空襲を受け、火の海となりました。そして迎えた8月15日の終戦。焼土となった大阪で、父は義理の母から、
「九州に帰って新しい生活を始めなさい。いつまでも妻を亡くしたことを悲しんでいてどうするの。まだ若いのだから再婚して家族をつくらなきゃ」
とすすめられます。
息子には旅立ちをすすめたものの、義理の母は大阪を離れようとしません。
やむをえず父は新たな出発をはかるべく、傷心のなかに『オリーゼ』だけをたずさえ、生まれ故郷の佐賀に戻ってきました。その後、敗戦後の混乱のなか、父は七山村出身の母と結婚。昭和23年、長男の私が生まれたのです。

▲前列右より2人目父。左端母(昭和24年1月1日)

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